- Feb 14, 2011
- #BLOG, #DIGITAL STRATEGY
- Google, Google Art Project, オンライン・コレクション, テート, ルーブル美術館
すっかり放置してたけど、1/31(月)に無事修士論文を提出し、あとは口頭試問と(合格できれば)発表会を残すのみとなりました。
で、ようやく気持ちが切り替わったので、今度こそブログを復活させるぞーと思っていた矢先(2/1)に発表されたのが Google Art Project(以下、GAP)。第一報を聞いたときの「へー!」という印象もさることながら、その後あっという間に、少なくとも私の周辺では「アートとITといえば」の代名詞のようになりつつある浸透力に驚いた。
こりゃ一応、アート×ITを標榜している本ブログ(と私)で触れないわけにはいかんだろう、ということで、リリース後約2週間の間に出た記事を元に、現状の反響をまとめておこうと思います。
……と書いてみたら、けっこう長くなったので、2つにわけました。汗
前編
- GAP の概要と背景
- グーグルと芸術機関の関係
- GAP への反応(1)作品をみるってそういうことじゃないよね……という批判
- GAP への反応(2)今までもあるサービスだよという指摘
- GAP への反応(3)著作権/新しい鑑賞体験であること/パブリックの独占
- GAP への反応(4)ネットとアートの20年間との断絶
- GAP への反応(5)オリジナルに対する感覚の変化
- GAP への反応(6)さっさと GAP の時代を体験しよう!
- GAP への反応(7)「コンテンツ・プロバイダー」たるミュージアムはどう対応していくか?
GAP の概要と背景
GAPの特徴はいろんなところに既に出ているので簡単に、下記3点。
- Google Map で利用されているストリート・ビューの技術をミュージアム内に適応、ギャラリー内をヴァーチャルに歩くことができる。
- 多くの作品が高解像度もしくは超高解像度でズームしてみることができる。
- 好きな作品をキャプチャしてコレクション、共有することができる。
でもって、ローンチ時の協力ミュージアムと作品の数はこんな感じ
※詳細は Google のプレス・リリース参照
- 17のミュージアム
- 385のルーム
- 486のアーティスト
- 1,000以上の作品(超高解像度17作品※各ミュージアムにつき1作品、高解像度983作品他)
(”エジプトの文化遺産からヴェルサイユの天井、ヴォッティチェリの『ヴィーナスの誕生』からクリス・オフィリの『No Woman, No Cry』まで”)
「世界的に有名なミュージアム」を集めたといいながら、ルーヴルやオルセーなどの入っていないが、その理由などは明らかにされていない。まあ、明らかにされていなくても「まずは静観」なのかなとか想像できるけど、ひとつ興味深いのは近年グーグルにがんがんアプローチし、Google SketchUp や Youtube を使ったプロジェクトをやっていたグッゲンハイム美術館が入っていないこと……かなり両者は蜜月だと思っていのに。
あと、ちょっと驚いたのはGAP公式サイトからだけではなく、Google Map からもアクセスことができるということ。例えば、Google Map で「Tate Britain」って検索して、テート・ブリテンの建物のところに Pegman(ズームを調整するバーの上にある人型のアイコン)を置くと、下記のように館内に入れるのだ。わお!
これからどんどん主要名所の室内とかにストリート・ビューが入ったら……本当に、Google Map の中に世界が入っていっちゃう感じ。というのを想像したらちょっと眩暈がするね。
それはさておき。
このプロジェクトは Google UK の開発者たちによるもので、グーグルの文化として有名な「20%ルール=勤務時間の20%は好きに使っていい」によってできたものだという。プロジェクト・リーダーの Amit Sood 氏は、かつてGoogle 国際プロダクト・マーケティング・マネージャーとして、ダボス会議での Google Eargh のデモに登場した経験もあるような人らしい。ちなみに GAP の開発資金は全部 Google からで、ミュージアムの持ち出しはない。技術開発のパートナーは Schematic という企業で(CNET Japan にインタビューあり↓)、開発期間は1年半。
- グーグル「Art Project」の技術–協力会社幹部インタビュー(2/14/2011)
Google UK 発だからかどうかはわからないが、17のミュージアムの代表っぽい感じになっているのも同じ UK のテート・ブリテン。で、テート・ギャラリーの館長、ニコラス・セロータ(Nicholas Serota)氏は発表時にこんなブログ・エントリをしている。
まー、内容としては、これから私たちはオンライン上に作品を保存する「keepers」ではなく共有する「sharers」になるのだ……としたうえで、現代のようなデジタル・テクノロジーがミュージアムの役割と機能に挑戦している時代に何ができるか、テートはいろいろな取組をしてますよーという感じ※1。
なお、テートが超高解像度用作品として選んだクリス・オフィリ(Chris Ofili)の『No woman, No Cry』についても触れられているが、GAP 上では、暗がりにしないと見えない、作品上に蛍光ペンで書かれたあるメッセージ※2も見られるとのこと。
グーグルと芸術機関の関係
以上が基礎情報なのだけど、GAP について書かれた記事をいくつか紹介する前に、グーグルと芸術・文化機関の関係について知ってる情報を整理しておくと以下のような感じ。
※2009年7月頃から GAP の開発開始
- 2009年11月:2003年のアメリカの侵攻により被害にあい閉館していたイラクのナショナル・ミュージアムから14,000以上の古代遺物の画像をオンライン上にアップ。
- 2009年12月:ユネスコと提携を発表し、グーグルマップ、アース上で世界遺産をみることができるようにした。
★Google UNESCO
と同時期に、携帯による画像検索 Google Goggles を発表。ローンチ当初から画像認識するカテゴリの中に「ミュージアム」があったかどうかはわからないけど(今はある)、2010年5月には、サンフランシスコ近代美術館で Google Goggle の画像認識実験を行っている。
★Google Goggles put to the test at SFMOMA(動画あり) - 2010年12月:ユネスコがアフリカの美術館のマッピングを Google とともに行うことを発表。
グーグルの他分野での動向までチェックしていないので断定はできないけど、少なくとも2009年頃からミュージアムを含む芸術・文化機関と関係ができてきたと言えるだろうし、その頃から、それまで主にデジタル→アナログの順で文字による情報をがんがん検索できるようにしていった彼らが、文字ではないものの整理(画像検索)に移行しているのは間違いないと思われる。
※ちなみに、「アナログ書籍検索」である現在の Google Books の前身となるプロジェクトが発表されたのが2003年で、2005年には今の形のサービスを開始している。
その際に、真っ先に、長い年月「もの」や「文化」を収集・保存していったミュージアムという機関にグーグルが目を向けるのは、当然といえば当然だろう。
というかむしろ、かつて(そして今も)「世の中すべての情報を整理、検索可能にする」と言った彼らの使命は、ミュージアムの使命とかぶるところもあるのかも。デジタルの時代に出てきたミュージアムの競合と言ってもいいぐらい。。(ま、もちろん GAP リーダーの Sood 氏はリリースの中で、「GAP により、リアルのミュージアム行くことを促進したいと書いてある」と書いてあるし、それは本当にそうだと思うんだけどねー。)
なお、アートとの関係の余談としては、2010年11月に、グーグルの元CEO、現会長のエリック・シュミット氏(2007年 Art news のトップ200コレクターズにランクインした経験があるほどのアート・コレクター!)が、美術作品共有サイト Art.sy への投資を発表したりもしてます。
GAP への反応(1)作品をみるってそういうことじゃないよね……という批判
さて、そんなグーグルのアート・プロジェクト、やはり各所で話題になってます。WEB ニュースだけでも、総合系、テック系、アート系のサイトが1日は一斉に記事を配信している。まあ、特に第一報は皆同じような記事が多いのだけど、その中からこのエントリでは批判、批評をしている記事をピックアップしていこうと思う。
まず、お膝元の The Daily Telegraph (UK)は、初日から記事をいくつもアップしているのだけど、わりと批判的なものが多い。
たとえば、 The Daily Telegraph の美術批評家である Alastair Sooke 氏のこの記事とか。
- The problem with Google’s Art Project(2/1/2011)
彼の主張はこんな感じです(かなり意訳)
グーグルは、GAP の中にもっとも偉大な作品があるように見せかけているけど、ルーヴルとかオルセーとか参加してないからすごく片手落ち。 ストリート・ビューの写真は、ブレア・ウィッチ・プロジェクトの手持ちカメラみたいに(←笑)ざらざらしてて嫌 てゆーか、一部しか超高解像度でみれないじゃん しかも鑑賞できる作品限られている。「民主的な」モチベーションのプロジェクトにくせに、みるべき作品を選択されている!(しかもその選択の仕方、おかしい!!) ま、グーグルは、将来的にすべての作品が超高解像度で見られるようにするっていってるし、そうなれば美術館に行く必要ないかもね。でも私は、自分の眼でみたいよ!
え、参加美術館の数とか、作品が限られていることとか、そりゃ事情はあるじゃんーー大人なのにひねくれすぎだろ!! と個人的にはおおいにツッコミましたよ(笑)。しかも、最後の「私は自分の目でみたい」云々に大しては、「グーグルのリリースにも、このプロジェクトはリアルのミュージアム行くことを促進したいと書いてありますよ」とかってコメントでたしなめられたりしていたりして、ちょっと笑った。なんというか、笑えるぐらい「GAP 眉ひそめ派」。
それでもって、文化欄に掲載されたカルチャー系のライターさん?? Florence Waters 氏が書いた下記記事も、あまり芳しくない評価である。
- The best online culture archives(2/1/2011)
情報が不十分だなんだと言っているけど、「これってミュージアムが利益があるっていうより、グーグルの広告じゃん」という指摘もあって、これはたしかにちょっとそうかも。と思わせるところもあり。でもって彼女の秀逸(?)なところは、「もっといいのがあるわよ」とばかりに既にある15の優秀な文化系デジタル・アーカイブの紹介をしているところ。その中にちゃんとグーグルのプロジェクトもあったりするのだけどね。ご興味有る方は↑チェックしてみてください。
GAP への反応(2)今までもあるサービスだよという指摘
まだまだ、批判は続く。
お次はアメリカのニュース・サイトよりいくつか。
The Boston Globe の美術批評家 Sebastian Smee 氏による記事。こちらも、「アウラ」とかってだしちゃう時点で”典型的”とも言える反応。
こんな感じ。(またまたひどい意訳、ごめんなさい)
「芸術ってやっぱり本物をみるものだよ。。私たちは今、テクノロジーの欲望に屈しまくっているけど、芸術はそれとはまったく別のところいるんだ。芸術とは魂で感じる経験。だから、ピクセルの画面じゃだめなんだ! アウラだよアウラ!」
うん、わかります。
芸術は本物をみないと感じられないことだらけ。でも、その経験と GAP、「どちらが上か」って問題じゃないんじゃないでしょうか……。
と思ってしまうことしきりなのだが、彼の「GAP って別にイノベーティブではない。現に、既に何百ものミュージアムが、コレクション画像をアップしているし、ズームできるのもあるし、360度まわれるものだってある」というのはほんと。
GAP のニュースを読んだとき、すぐに思い出したのは、ルーヴル美術館(彼らは今回このプロジェクトに参加していない。)が、何年か前にオンライン上で公開したヴァーチャル・ツアー。
- Virtual Tours: Medieval Louvre
※2015 年 1 月現在はこちら→Online Tours
私が知らないだけで、同様のものを作っているところは他にもあるんじゃないかな。実際、「ヴァーチャル・ミュージアム」ってキーワード的には古くて、90年代後半~2000年代前半でいったんブームが去った概念とも言えるし。
でも、今回は「ストリート・ビュー」というグーグルにとっては既存の、そして利用者としても既に多くの人に使い方、見方が浸透した技術で一括してしまったところに、すごさがあるのだと思う。ルーヴルのヴァーチャル・ツアーはちょっと操作性が悪くいろいろ回りたい気を起こさせない感じがするのだが、ストリート・ビューが操作性がいいというよりは、むしろ慣れちゃったというほうが感覚的には合っている気がするの。そこが「グーグルって怖いなあ」と思うところ。
Smee 氏は、
グーグルがやっていることは単に、集めること、容易にすること、大衆化すること。(aggregating, facilitating, popularizing)
と書いているが、「単に」じゃなくて、そここそがすごいところで、ミュージアムだけではついぞできなかったところなのかなとも思う。
GAP への反応(3)著作権/新しい鑑賞体験/パブリックの独占
その点、NY Times の Roberta Smith 氏による Critic’s notebook は、批判の中にも冷静さを感じる。
- The Work of Art in the Age of Google(2/6/2011)
彼女は、GAP はたしかに新しいものではないのだけど、
ミュージアムがウェブ上でコレクションにアクセスさせるのに10年の年月とお金がかかっていること そんな中グーグルは「国連のように」ひとつのテクノロジーで異なるコレクションを集めてしまったこと それによりひとつのミュージアムが同じことをした場合とは違う種類の価値を提供し、簡単なオンライン・ツアーを可能にしているところ
を指摘している。
同様に、著作権の問題にも触れていて、例えば MoMA は参加しているけれど提供作品はすごく少なくて、でも GAP の”成功”が見えてきたならば、著作権処理のコストを払うだろうとしている。まあ、個人的には、「座って観る」「静けさの違い」「他の来館者がいない」等から引き起こされる GAP 経験とミュージアム経験の違いをまっさきに指摘していたのが、(私が読んだ中では)彼女だけだったのもポイント高し。
同様に、グーグルはあくまで情報の整理をしているだけで(しかも、「デジタル化」して「アップロード」するという基本的なこと)、GAP による「鑑賞スタイルの変化」まで気を使ってないよね、と言っているのが、Washington Post の文化担当 Philip Kennicott 氏の記事
グーグル自身が明言しているのだけど、作品を選ぶことやそれをどう見せるかはミュージアム側に完全に任せているという。新しい鑑賞スタイルの提供ということであれば、心理学や生理学の専門家の意見とかも聞くのでは? ということみたいだが、まあグーグルのミッション的にそこはたしかにそこまではやらないかなー。また彼は、他にもグーグル・ブックスを例に出し、グーグルのパブリックの「独占」についての懸念も指摘している。
……とここまでは、わりと一般的な反響記事。
ここからけっこう面白かった切り口に続くのだけど、いったんきります! 長いもの! いつもいつもごめんなさい!!
というわけで、後半の内容はこんな感じです。
- GAP への反応(4)ネットとアートの20年間との断絶
- GAP への反応(5)オリジナルに対する感覚の変化
- GAP への反応(6)さっさと GAP の時代を体験しよう!
- GAP への反応(7)「コンテンツ・プロバイダー」たるミュージアムはどう対応していくか?
※1:ちなみに、何度か書いたかもだけど、私は論文でテート・モダンを事例研究に挙げたのでいつかまとめてエントリしたいとずっと思っているの。ほんとに…
※2:この作品は、ロンドンで黒人の少年スティーブンが巻き込まれた人種差別的な殺人事件を扱ったもの。隠されたメッセージには、”R.I.P. Stephen Lawrence 1974-1998″と書かれている。