【後編】Google Art Project に人々はどう反応したか?

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さて、長くなったので分けたエントリの後半だす。

前半はこちら

後半はこんな感じです。

GAP への反応(4)ネットとアートの20年間との断絶

まあ、こうして批判はいっぱいあるのだが、同じ批判は批判でもちょっと変わった視点だったのが、今をときめく??ハフィントン・ポストより、どこぞの大学の教授の Andy Miah 氏による寄稿記事。

Andy 氏についてはよく調べていないのだが、”Human Futures: Art in an Age of Uncertainty”等の著作があることと内容から、メディア系美学系の方なのかなーと思われる。

彼は、GAPは素晴らしいとしながらも「GAPと、ここ20年でアートの世界に起こったことの間に大きな断絶があること」を最大の問題点として指摘している。つまり、90年代からインターネット・アートが提示してきた問題提議が、この GAP にはまったくないということ。

たとえば、ブラウザの広告をすべてアート作品に変えた Steve Lambert の「AddArt」プロジェクト。これはグーグルは認めるのか? GAP の中にいれるか? とか。

広告の部分をアートに変えることができる Firefox 対応アドオン。というアート・プロジェクト。

広告の部分をアートに変えることができる Firefox 対応アドオン。というアート・プロジェクト。

たとえば、グーグルは、アート好きにアートのイノベーションの最先端を提供すること、アートの再定義などを提案することだってできたのに、GAP は古典作品の展示であって、GAP によって集められる「美術館の典型的な常連」に、”ニュー・メディア・アート”が届くことはないだろう、とか。

そして、インターネット は Wikileaks や最近のエジプトの革命にも代表されるような、社会的、政治的、美学的に境界を壊す素晴らしいメディアなのに、GAPはデジタル革命の価値と同期していない、と。そのうち、ハッカーが GAP のコレクションにグラフティを加えたり、21世紀のアート経験について声明をだすためにハッキングするのではないか? なんてことも書かれている。

正直、グーグルはもはやハッカーズ的企業ではない大企業ので、そういうつっかかり方(笑)は違うだろうと思うので賛同はしないのだが、でも、読み物としてはこれが一番面白かった。だって、全然思いもよらぬ論点だし、いちゃもんのつけ方が単純な懐古主義ではなく「グーグル・アート・プロジェクト」だけにネットとアートの関係からのものだったから。

GAP への反応(5)オリジナルに対する感覚の変化

さて、今まで総合系ニュースの中からいろいろピックアップしたけど、実はテック系やアート系では、私がみた中ではあんまり面白いのはなかったのだ。けっこう紋切りっぽい感じというか……。
でもひとつだけ、アート系のサイトから。
で、実はこれが一番私にしっくりした記事だったりもする。artinfo.com の Ben Davis 氏によるこれ。

特に私が共感したのはここ。

GAP がスタートしてから、「この体験はミュージアムへ行くことと置き換わるかどうか」ということがまず真っ先に取り沙汰されてるけど、「本物をみる経験と置き換わって」しまうのかどうかが問題なのではなくて、「本物をみる経験がどう変わるのか」を探るのが重要なのでは?

たとえば、写真の技術だって、「本物の作品を観る経験」を大きく変えている。ダリの『記憶の固執』は実際にみると、サイズが小さくてびっくりする人が多いのだけど、それは写真技術によって複製され、本に掲載され、カードにされ……、それだから「その人の中での『記憶の固執』のサイズ」が醸成されてしまっている。よって、本物のダリの『記憶の固執』を観たとき、写真がない時代ではなかった「驚き」などの経験が加わる。……というようなことを彼は述べている。

'No Woman, No Cry' ので描かれる女性の涙の中に小さくコラージュされた(本作の動機となっている殺人事件に巻き込まれた)少年の顔写真。

‘No Woman, No Cry’ ので描かれる女性の涙の中に小さくコラージュされた(本作の動機となっている殺人事件に巻き込まれた)少年の顔写真。

GAPの可能性は、高解像度、超高解像度のズームアップにより「裸眼では見えないほどのものが見える(※ということは大きなウリのひとつになっている)」ようになることで、完全に新しいものの見方が提供されるということだ。GAP でみることが普通になったら、おそらく私たちは(私たち以上に、小さい頃から GAP で作品をみた人たちは)まったく違う「オリジナル作品との邂逅体験」をするだろう。

それ考えるだけでも、けっこうどきどきするよねー。

半分自分に言い聞かせているけど、
何事も変わっていくことは仕方がないのだ。
今、「これこそがリアル」と思っているものは、大概、以前は異端だったのである。
だから、それにより、どう世界を観る眼が変わっていくのか、自分たちが変わっていくのかを考える方が面白い。

加えて、そういう時にミュージアムは作品やミュージアム自身と人々をつなぐ新しいコミュニケーション(私の研究テーマでもあった「解説」もそのひとつ)を考えなければいけないわけで、なんて楽しい時代なのかしら! と私は思うのよねー。
私自身は、GAP では別に作品は観ないと思う。でも、この新しい「見方」や「作品の出会い方(本とかカードじゃなくてストリート・ビュー)」がセッティングされてくる人々はどんどん増えていくわけで、そういう意味では GAP はもう出来てしまった(出来うるべきして出来た)サービスだからこれはこれで受け入れて、その後どうなるんだろうって考えるのはすごーーく面白いなって思います。

GAP への反応(6)さっさと GAP の時代を体験しよう!

まあ、そんな観点からして素晴らしいなと思ったがコレですよ!

NY Times には、NYT の記事を学習用に利用する方法についてアップしている The Learning Network というコーナーがあるというのを初めて知ったのだけど、そこに早速 GAP と、前エントリで引用した NYT の記事を使った学習方法(?)がアップされとりました。

概要としては、作品の現物をみること、写真でみること、デジタル・フォームでみることで、印象や体験はどう違うか? というのを実際に3種類のメディアでみて体感して、議論していきましょーというもの。その中で、GAP も体験するし、NYT の記事を読みこむ。で、記事の読解とともになんでルーヴルが参加してなかったり、MoMAの現代作品は展示されていないのかなども議論されると。最後は、自宅などでできる11のアクティビティリストがつけられている。

まーさ、先程も書いたとおり、「ミュージアムの作品がみたいっ」って日常的に GAP 観る人って(まだ)いないんじゃないかと思うし、実際、GAPってこういうことに使われるために作られたんじゃないのとすら思う。さっきも言ったとおり、変わっていくことは止められない。それによってどうなるかを考える力を養うことがきっと大事で。

だから、このエントリ自体もそうなっちゃてるけど、実は GAP をとやかく言うことは実はナンセンスなんだろう。そういう意味で、GAP の学習教材としての使い方を早々と提示したNYTは、そういう常設コーナーがあるといえどもさすがだと思った。(他にもそういうサイトあるかもだけど)

GAP への反応(7)「コンテンツ・プロバイダー」たるミュージアムはどう対応していくか?

すっごい長くなってしまったけど、最後にひとつだけ、ミュージアムの内部の人が書いた記事を紹介しておく。GAP にも参加しているスミソニアン博物館の Nancy Proctor 氏(彼女は、モバイル・ストラテジーの統括みたいな人で、アート×IT的なシンポジウムには必ずといってよいほど登壇するような方。私も修論の際、彼女書いたものや発言は参考にしました)による”Curator”への寄稿文。

超高解像度によるまったく新しい作品経験への可能性や、ミュージアム内部での画像認識と館内に対応したグーグル・マップを登場を予想したうえでのミュージアム体験の変化などの指摘は、ミュージアムとデジタルの専門家だなって感じ。実際に参加した立場として、著作権のハードルが非常に高いことにも触れられている。が、私が面白いなと思ったのは、今回の目玉のひとつである「超高解像度の体験」は、ミュージアム側が作品を撮影することを許可しなければ根本的に提供できないもの(つまり写真等の複製物をスキャンするのでは達成できないもの)としたうえで、GAP は今後ミュージアムが、グーグルのようなパートナーと提携し新しいビジネス・モデルを生み出すことについての「思考の材料」だとしているところ。

GAP が登場した当初、ツイッター上で「インフラ押さえるとこういうことができる…美術館はIT企業からお金貰おうとグーグルにアプローチしてきたのに、完全に手玉に取られてる感じ(@tawarayasotatsu さん)」という発言があって、なるほどたしかにーと思った。Proctor 氏が指摘しているところもまさにそこで、ちょっと前までは「コンテンツ持ってるのが優位」だったのだけど、今はそういう時代ではなくなっているところもふまえて、GAP は「コンテンツ(という言い方はすきじゃないけど)の宝庫」ともいえるミュージアムがどう対応していくのか、守るだけじゃなくてどうやって「新しいビジネス・モデルを生み出す」きっかけにするのか・・・ということを考えるよい試金石になるのだろうな※1

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とまあ、あれもこれもと引用して書いているうちにすっかり長文エントリになってしまいました。(いつものこと

とにもかくにも、「デジタル時代のミュージアム、いかに生くべきか」という問いはだいぶ昔からあるけど、なんとなく GAP は、体験的な意味でも、ミュージアムの(特権的ともいえる)役割の変化という意味でも、ミュージアム経営という意味でも、やっぱりひとつのターニング・ポイント、次の段階に移ったのかなって気はします。「物珍しさ」「最初の衝撃」としてはすぐ飽きられる話題なんだと思うけど、じみじみとゆーーーっくりと起こってくるはずの変化はあるはずで、それは今後もチェックしていきたす。

※1:ちょっと文脈違うがこんな発言も
「テート・メデイアのウィル・ゴンパーツ(Will Gomperz)によると、オンライン・ネットワーキングやUGCサイトなどの新メディアによってオーディエンス拡大という大きな機会がもたらされるが、ミュージアムがこの機会を最大限に利用するには、ミュージアムの定義をそのものを変容する必要がある。つまり、ミュージアムは重要度の高い展示物を収容・収集するだけでなく、コンテンツ・ビジネスも展開しなければならない。」
ナンシー・プロクター. (2007). 「ビジターの新生 ―ミュージタム体験の作者誕生」. 『ミュージアムの活用と未来 鑑賞行動の脱領域的研究 論文集2005-2007』.  p.103.

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