メディアと美術館の長いながい蜜月~日本独自の鑑賞スタイル<その2>

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前回の続き。

前回は、日本で開催される大型展覧会の来場者数は世界トップクラスなのに、美術館全体の来場者数のランキングはぐっと下になり、さらに、来場数・頻度も、世界5都市中最下位・・・というデータをうけ、
日本って、限定された企画展にのみ、ありえないほど人がきて、それ以外は……。という美術鑑賞スタイルなんだなあ、という話をしました。

今回は、じゃ、それってなんでなの?という話。
プラス、書ききれなかった余談を少し。

<前回エントリ>

※ ※ ※

なぜ日本でこんなにも企画展が異常な動員数を誇るのか。

それは、キャパシティや常設展の人気のなさも含めいろいろな理由があると思う。(あ、あと、日本は会期が短いから日平均にすると多くなるんだ、なんて話もある。)
そのなかでもよくいわれることが、「戦後から続くメディアとの関係」。

日本の大型美術展は、主催に必ずといっていいほど、新聞社やテレビ局といったメディアが入る。
ためしに、2007年度の来場者数トップ3の展覧会をみてみると。

  • 「レオナルド・ダ・ヴィンチ -天才の実像」
     →主催は、「イタリアの春 2007」実行委員会、東京国立博物館、朝日新聞社、NHK、NHKプロモーション
  • 「大回顧展モネ 印象派の巨匠、その遺産」
     →主催は、国立新美術館、読売新聞社
  • 「大徳川展」
     →主催は、東京国立博物館、財団法人絀川記念財団、財団法人徳川黎明会、財団法人水府明徳会、テレビ朝日、朝日新聞社、博報堂DYメディアパートナー

ね。

これは、戦後以降連綿と続く、日本独自のスタイルだそうだ。
戦後、予算も海外へのルートもなかった美術館が頼ったのが、海外へのルートを持ち西洋文化を日本に紹介してきた新聞社だとか。
新聞社側にも、美術展開催は自社のイメージアップや購読者獲得といううまみがあり、
国立の美術館やデパートの上の階にあるような美術館(催物会場)、そして公立美術館と共同で
美術展を開催していくことになる。

本(『進化するアートマネージメント』)を読んで知った話を書いているので、今現在どこまでどうなっているのかを自分で調べたわけじゃないんだけど、
この本によると、美術館側には企画展の予算などなく、お金を出しているのはメディア側。
交渉の権利もメディア側にあり、美術館側はハコと運営等学芸面での協力になる。
よって、(もちろん力関係で違いはあるだろうけど、)入場料やグッズ収入などほとんどがメディア側に入る・・・ということになるらしい。

大英博物館で開催された「春画展」のグッズ売り場(2013 年)

大英博物館で開催された「春画展」のグッズ売り場(2013 年)

入場者数が収益につながるということもあり、どうしても利益に敏感になる。
ゆえに、いくら美術館側の論理・使命はあれども、メディア側からの要請で、わかりやすい、うけやすいものになりやすい。

そして、メディア側は自社メディアで展覧会の大々的な宣伝をうつ。
(実際に、最低限、もしくは0の広告費でメディアで宣伝してもらうのは、美術館側にとってもありがたいことであり、だからこそ、この関係が長々と続いている一因でもありそう)

つまり。

私たちは、新聞やテレビを通じて展覧会の告知を聴き続ける
  →わかりやすくてキャッチ―な内容。
  →文化的な香りもするし、イベントとして行くのにぴったり
  →入場者数増加!

・・・こういうサイクルがあって、限られた大型展覧会に山のように人が集まる。
さっき、も言ったとおり、これだけが理由ではないけれど、理由のひとつではありえる。

ちなみに、何度も言うように、これは、海外ではほとんどありえない、日本独自のスタイルである。

なぜって、
批評し公平な立場をとるべきメディアが、特定の展覧会に主体として関わるのっておかしいじゃん!

ただでさえ(たとえば)日本の新聞には美術欄は小さい。
自社で展覧会をやってしまっては、その美術欄はどれだけ公正を保とうとしてもやはり自社の展覧会が取り上げられるわけであって、そこに批評という土壌はないよね、というのが、今の日本の美術館とメディアの関係性を巡る問題点のひとつなんだそうだ。
(前回少し引用した『現代アートビジネス 』にも、美術業界における批評メディアの不在について書かれています)
それどころか、日本には、公立美術館同士をネットワークし、外部からやってくる企画の受け皿となり巡回展などを調整する「美術館連絡協議会」と団体があるのだけど、これはそもそも読売新聞社が中心になって立ち上げ、読売新聞社内に事務局を持っているんだって。
公立美術館のネットワークを1メディアが中心となってしきるというのも、考えてみれば変な話。

こうしてみると、日本における美術鑑賞の特殊性というのは、教育やらなんやらいろいろ理由はあると思うけど、こんなふうな展覧会や取り上げるメディアの在り方というのにも大きく影響されている気がする。

そして、それについてまわるのが「Money」。
美術品を収集し、研究し、展示するのが役割の美術館に、企画展やコレクション購入の予算がほとんどない、というのも、「じゃあどうせいっちゅうねん」と心の底から思うので、メディアと美術館の関係がこうなってきたというのも、むべなるかな、という想いもあり、ここまでくると、同じところをいったりきたりの話になってしまうのが現状、なのかなあ。。

・・・もにょもにょ言ってるうちに、またまた長くなりまった。

余談は別項でかきまつ。
ひとまずここまで。

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