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韓国版『ドリームガールズ』にみる、ブロードウェイ資金繰りへの新たな試み

いいお天気ですねー
ついに春ですか。春ですか。いえーい!
久しぶりにブログテンプレートを変えてみよっかな。

※ ※ ※
本日は久々にブロードウェイのネタ

全然知りませんでしたが、
先月27日より韓国はソウル・蚕室シャーロッテシアターで、ミュージカル『ドリームガールズ』が始まったそうです。

『ドリームガールズ』、そうです、あの3年ほど前にビヨンセ・ノウルズ主演で公開された映画、かつ渡辺直美の物真似(笑)も流行った、アレ。
シュープリームスの実話をベースにしたバックステージもので、
映画では、これがデビューだったジェニファー・ハドソンの迫力が、完全にビヨンセを食ってたことが印象的でしたな。(でも、この映画のために体を絞ったビヨンセは、本当に可愛かった!)

dreamgirls02

We’re Dreamgirls~Boys~♪(よく家で振り付きで歌ってしまう)

で、今回、演じているのは全員韓国人です。
ここまではまあよくある話なのですが、
今回注目されたのが、
「新しいリメイクヴァージョンとして、ブロードウェイと韓国のスタッフが共同制作した」
ということ。

つまり、単なる翻訳ミュージカルを韓国の俳優ででやった・・・のではなく、
米韓共同で「リメイク版」として新しく作られたのですね。
そして、“トライアウト=グランドオープン前の最終調整公演”として韓国公演を行い、
11月には、このヴァージョンをハーレムのアポロシアターで公開することが予定されているとか。(役者はアメリカ人に変更される)

さくっとした記事はこちら
<ドリーム・ガールズ> ブロードウェイから韓国へ世界進出
※「制作費100ウォン」とありますが、どう考えてもミスタイプですね(笑)。
↓の記事によると670万ドル(約6.6億円)とあるので、100億ウォンが正しいようです。

より詳しい事情を書いた記事はこちら(英語)
For ‘Dreamgirls,’ Pacific Overtures

dreamgirls01

2つめのNY Timesの記事がとても興味深い。

今回のアメリカ=韓国での共同制作に至った背景には、(やはりというべきか)経済的な理由が大きいそうで、
この記事によると、制作費や韓国公演中のスタッフの給料、滞在に関わる諸経費などなど、かなりの部分を韓国側が出したようです。
そのおかげで、アメリカのアポロシアターで上演するまでにかかるアメリカ側の費用は500万ドル前後、通常アメリカで公演する時の半分のコスト調達でおさまりそうだとのこと。
(まー、半分で500万ドル前後ってなんだよ!どういうビジネスだよ!という感じだけど、それだけかかるんだよね・・・そもそも舞台芸術の経済構造自体が「ふつーにやってたら、利益だけでやっていけるわけないから」なんて経済学者に言われてしまっているわけだし、どんどん客は贅沢になっていくわけだし)

さきほど、「トライアウトとしての韓国公演」と書いたけど、
この記事にも書かれていたとおり、
「韓国でのトライアウト公演」といっても、アポロシアターでの“本公演”はアメリカ人が演じるわけだから、通常の意味でのトライアウトとは若干異なるわけで(通常、トライアウトとは、本公演に臨むキャスト・スタッフでお客様に見てもらいながら最後のプロダクションの調整を行うもの)
どちらかというと、

“We are looking for new ways to develop musicals”

この「new way」―――ぶっちゃけ、高騰する(していくしかない)制作費を含め、いかに資金繰りしていくか、の模索のひとつ、と今回のケースは考えられそうですね。

まあ、ブロードウェイプロデューサーの中には、
アメリカの話(=シュープリームスの物語、という意味で)を韓国で作って、それをまたアメリカに持ってくるなんて、どうなの?無理がない??」と難色を示す人もけっこういらっしゃるようで。

dreamgirls03

たしかに・・・ちょっと微妙なのは仕方ない??
左側の男性はジェイミー・フォックスが演じてた役でしょうか。それともエディ・マーフィ?

実際、今回のヴァージョンは韓国の社会背景に合わせているところもあり、元々の話にあった人種差別問題の部分はカットされているんだとか。
使われている楽曲も“元の歌の編曲”で、ヒロイン・ディーナ(ビヨンセが演じてた役ね)の映画版オリジナルのソロ曲であり、彼女の唯一の聞かせどころでもある(お人形のようだった彼女が自立していくシーンの曲)『Listen』も、ディーナとエフィ(ジェニファー・ハドソンが演じていた、途中で脱退しちゃう役・たぶん真の主役)のデュエットになっている、、、とかって、どうなんだろう。
歌の持つ意味も変わってくるよね。
てゆーか、名前も韓国名になっているんだよね?あれ、名前は元のままか。んー。んー。(混乱)

まあ、どんな感じなんだろう、と、いろんな意味で興味をそそられますが、
結局は、今回これが興行的にうまくいけば、(たとえ、今、難色を示したプロデューサーであれ)今後ブロードウェイのプロダクションのひとつのやり方として、定着していくかも、しれませんな。

それにしても、
韓国は、なんでそんなに資金出せるんだろう。

dreamgirls04

プロデューサー John F. Breglio氏と、韓国側パートナーであるShin Chun Soo氏(OD Musical Company社社長)

たしかに、何年か前から韓国って日本より全然ミュージカルが流行ってるらしくて、
この記事にも、”180のミュージカルが上演中or上演予定で、チケット売上は前年より25%増”なんてかなり景気のよいことが書かれてますけどね。
韓国公演での収入と、あと海外に渡った時のロイヤリティ・・・うーん、おいしいんだろうか。日本では、ちょっと考えづらい、かも・・・。
韓国ではミュージカルビジネスはわりときているのか????

仕事以外で韓国行ったことないですが、今のうちに行ってみますか。なんせ近いし。
今、ショッピング目当ての旅行者でいっぱいらしいですけどね。。。(笑)

そして気になるのが、昨今の劇的なウォン安の影響(涙)。
契約はウォン建て?ドル建て?下世話でスミマセン。はは

※こちらのブログもよろしくでーす
日々是エンタテイメント♪
最新エントリ:『WEST SIDE STORY』とチャリティチケットオークション

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謎の”企業”、シルク・ドゥ・ソレイユ。その2で最後~発展

シルク・ドゥ・ソレイユ話の続き。

<前回エントリ>
謎の”企業”、シルク・ドゥ・ソレイユ。その1~創設前
謎の”企業”、シルク・ドゥ・ソレイユ。序章

前回エントリから時間が経ってしまって、何書こうと思ってたのか若干忘れてますが・・・(笑)
思い出しつつ。

※ ※ ※

さて、
前回はシルク・ドゥ・ソレイユ創立前の話を紹介しましたが、
今回は、創始者たちが出会い、チームを組んで「シルク・ドゥ・ソレイユ」を造り上げた後の話。

ひとまず、84年の創立前後から現在までの流れはこんな感じ。

82年 
ギー・ラリベルテ、ジル・サンクロワらが、「シルク・ドゥ・ソレイユ」の前身である「ル・クラブ・オー」を作る。
84年
フランス人がケベック州に上陸しフランス領土を宣言した「カナダ上陸」の年から450年目にあたる記念セレモニーでサーカスを披露、成功
→自分たちのビッグトップ(テント)を持つべく、政府へ援助を申しこむ
当時は全員20代、70名ほど
87年 
ロサンゼルス・フェスティバルオープニングに出場、アメリカ進出となる。シルク・ドゥ・ソレイユにとって。大きな賭け
→大絶賛、 アメリカ各地をツアーで回る その後、パリ、ロンドンへ
90年 
新演目「ルーヴェル・エクスペリエンス」  
後に「オー」を作りだすフランコ・ドラゴーヌをはじめとするクリエイティブチームがクリエイションを手がけ、大成功 
800席だったビッグトップ(テント)を2500席までに拡大
92年 
ラスベガス進出。「ミラージュ」での常設ショー
現在も続く「ミステール」は93年スタート
「ファシナシオン」での日本初上陸もこの年。
・その後もアレグリア(94年)、キダム(96年)を経て、98年「オー」へ。
2002年
「ヴァレカイ」以降、クリエイティブチームを変更。2004年に、現在ラスベガスで「オー」と並ぶ人気を誇る「カー」が始まった他、新作発表のスパンが1年に1回と早くなる。
・2006年2作品、2007年2作品、2008年3作品と、さらにペースアップ
2008年
マカオ、東京に常設劇場を設置。

んー
もしかして、
「とんとん拍子」?

そんなことを言いたくなる年表ですのう。

これを可能にしたのは、やはりそもそもいいものを作ることへの執念と技術が高いこと、アーティストサイドもビジネスサイドもすでに実績のある一流どころを使うことに初期の頃から自覚的であったこと、なおかつ、ケベック州の、州・都市としてのアイデンティティ確立をかけた「サーカス芸術都市計画」といった公的なバックアップがあると思う。
(フランスの植民地としてスタートとしたこの地は、長い間、フランスへ文化と独自の文化がないことに劣等感があったという)

ただ、この規模のビジネスを可能にした飛躍の大きな要素は、ラスベガス進出(+その地での「オー」の大成功)だろう。

(前略)シルク・ドゥ・ソレイユが進出していくのはこのように、劇場全体でビジネスが成り立つ場所ではなく
ラスベガスやマカオのように街全体で集客が見込めるトータルなリゾートエリアが多い。いくらショーの内容がよいといっても、どれだけいい立地条件であったとしても、劇場だけで10年もひとつのショーを続けていくのは至難の業だ。つまり、その背景にある相乗効果で、劇場の価値は高められる。

逆にいえば劇場の存在意義は、魅力的なまちづくりを目指す中で、時間をかけてその土地の文化度や芸術度を高め、成熟した街に変えていくという役割にあると思われる。当然ながら、ただお金さえあればいいものができるとは限らず、その内容をどうやって一定以上の質にし、提供し続けていくか、より多くの人を惹き付ける磁石になれるか、その手腕が試される。

―『シルク・ドゥ・ソレイユ サーカスを変えた創造力

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ラスベガスの空港内にあるシルク・ドゥ・ソレイユの看板。
今はこれにプラス1公演され、計6公演が行われている

前回も書いたとおり、「オー」レベルのシルク・ドゥ・ソレイユの舞台を行うには、制作費2200万ドル、劇場設営費7000万ドル、と約1億ドルの初期投資が必要なわけで、
逆に言えば、それだけかけた贅沢かつ他では味わえない舞台が彼らの提供する価値であり、他が真似しようとしても容易に真似できない強みである。(ブルーオーシャン戦略の例として、よく出されるそうな。私、ブルーオーシャンとかって言葉が苦手で意味がないと思ってたけど、たしかに、このくらいのレベルに行くと、「青い青い海ですなあ」と言いたくなるね。)

そういう意味では、
「予算のことなどはあまり気にせず、作りたいもの、納得できるものをじっくり作り、最高のもの、観たことないものを観客に見せる」という初期のやり方が功を奏し、すでに全米をツアーしてまわり、ロンドン、パリなどヨーロッパにも進出していた彼らが、
さらに安定して新作を作り続けていくための戦略として、
「彼らだけでやり続ける」という選択をせず、ラグジュアリーホテルと提携したのは、財政的にもPR的にも最適だったといえる。

ただ、技術的芸術的に素晴らしいツアーを続け、そこに満足しているだけでは、制作費や安定した財政という壁の元に、ここまでの発展はできなかっただろう。そのあたりの、「クリエイティブ魂」的なところと、「ビジネスとしての目」のバランスが絶妙だなあ、と何度も思う。

「赤字の出ないショーをつくり続ける秘訣とは?」と、エグゼクティブ・プロデューサーのフランソワ・マセロラに尋ねると、彼はこう答えた。
「秘訣の核は優れたクリエイションにある。そうして我々は新しいビジネスプランを3つの視点からつくる。まず第一に、クリエイティブ・チャレンジ。第二に、パートナーとの発展。そして第三に、資金面の構成だね」

―『シルク・ドゥ・ソレイユ サーカスを変えた創造力

ちなみに、シルク・ドゥ・ソレイユとホテル側の提携の仕方は、

・劇場設営費 全部ホテル側持ち
・制作費 折半
・チケット収入 折半
・5年、10年単位での公演契約

だという。
莫大な資金を必要とする劇場設営をホテルが全部持つなんて、シルク・ドゥ・ソレイユサイドとしては、かなり、いいよね?
しかも、お客様候補(ホテルの宿泊者)は年がら年中、一日数千単位でいるわけで。
でもそうしたとしても、チケット収入が一日約2,000万円あると予想される(『アートサーカス サーカスを超えた魔力 (光文社新書)』より、著者の「サルティンバンコ2000」を例にとった推測計算式による→チケット代平均(8,663円)×座席数(2,500席)×94%(チケット販売率)=2.036万)から、単純計算で1,000万ぐらい入ってくることになるからねー。

そして、そんな販売率、10年続けても衰えない人気を勝ち取るためには、やっぱり、演目の素晴らしさ、シルク・ドゥ・ソレイユのものであれば、という信頼感というのは前提であり、、、
と、話はクリエイティブの方に戻ってくるわけで、
やっぱり、さっきも書いたとおり、
「ものづくり」と「企業としての発展」がすごく上手に大きい輪になっており、どちらもおろそかにしない仕組みを作り上げているなあと思うことしきり。

そしてね。
結局、それを可能にしたのは、前回書いたような、優れた(としかいいようのない)創始者たちの、どちらもあきらめない意気と手腕なんだよねー。
この
「両方トップクラスのものを手に入れようとする」、よい意味での貪欲さを素直に持つこと、

それが、ここ最近ちょこちょこシルク・ドゥ・ソレイユのことを調べていて、一番心に残った点であります。

芸術、こと舞台芸術の世界って、どうしてもお金の問題が強く絡んでくるし、
「お金の力、商業化で失うもの」なんてことも言われるけど、
そこに対して、形は違えども、どちらもあきらめない、というようなスタンスで大きく発展したシルク・ドゥ・ソレイユの姿、というのは、舞台芸術を提供する集団として、これからも興味を持って動向をみていきたいなあと思わせる集団でありますな。

シルク・ドゥ・ソレイユに関してのエントリはとりあえずここで終了。
でもその他も、アーティストのスカウトの話や、どうやって育てるか、また企業内がどのような文化なのか、また、シルク・ドゥ・ソレイユを離れケベック・モントリオールの文化都市としての発展や政策など、けっこう面白いトピックがあるので、また機会があれば、書くかもしんないです。

ちなみに、シルク・ドゥ・ソレイユや“ヌーヴェル・サーカス”に関する本は日本語でもいくつか出ているけど、
西元まりさんが書かれた本が、彼女自身が「サーカス」に魅了されまくった方だけあり、読んでいて面白いです。

シルク・ドゥ・ソレイユ サーカスを変えた創造力
シルク・ドゥ・ソレイユ サーカスを変えた創造力
アートサーカス サーカスを超えた魔力 (光文社新書)
アートサーカス サーカスを超えた魔力 (光文社新書)

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謎の”企業”、シルク・ドゥ・ソレイユ。その1~創設前

さて、「謎の”企業”、シルク・ドゥ・ソレイユ。序章」の続きです。

Cirquedusoleilbrandpng前エントリにて、
ラスベガスのストリップ(大通り)を席巻しているシルク・ドゥ・ソレイユを観て、
そして、彼らの企業としての規模や、アジアや中東にまで広がるグローバルな展開を知るにつけ、
「ねー、こんだけ成功したステージエンタテイメント企業ってなくない???」
と思った私、
これは、クリエイティブ集団という顔の影に巨大企業としての顔、そこでのキーマンというのがいるはずだ、と、帰国後もそもそ調べ始めた・・・という話を書きましたが。

日本語で読めるような本やウェブしか目をとおしていないので、はっきりとは言えないけど、
現時点での結論

そんな人(巨大企業としてのキーマン)はいない。

おい。←(笑)

と言いたくなる結論だけど、本当にそんな感じがする。
いや、この言い方は少し違っていて、

なんというか、
創設者たちが、何もない時から信念のあるアーティストかつシビアな企業家であることを高いレベルで両立させており、
それが20年以上経った今も、形は変われども保持している。
だから、よいクリエイティブ集団がいて、それをビジネスに変えたよいプロデューサーたちがいた、
って感じではないんだよね。(今私が把握しているかぎりでは。)

クリエイティブでビジネスマン。
しかも両面共が、世界トップレベル。

そんな、
えーっ、ありえねだろっ的な、奇跡的な集団。

そんな気がしています。

創設者の一人、ジル・サンクロワに糸井重里がインタビューをしているんだけど、

シルク・ドゥ・ソレイユからの招待状
それは竹馬からはじまった。
~ジル・サンクロワへの取材~

その中の言葉を借りれば、

あの、シルク・ドゥ・ソレイユのなかに、
いまの時代と逆行しているイメージが
ときどき強く混じることがあるんです。
それは「ヒッピー」ということばを
ひとつ入れたら、全部、わかる

シルク・ドゥ・ソレイユは、
世界的な成功を収めている企業でありながら、
グローバルな企業にありがちな
「パワーの文化」をまったく感じなかったんです。

エンタテイメントの世界でグローバルに成功してて、
そんでもって、”ヒッピー”で”パワー文化ではない”、そんな集団。

ありえるでしょうか。(笑)

私は、奇跡的なバランスなんだろうなあと思うと同時に、
ジル・サンクロワ、ギー・ラリベルテたちという創設者たちが卓越した能力の持ち主だったんだろうなあ・・・と思わざわるをえないなあ。今のところね。
(あとはやっぱり国の援助というのは大きいなあとも思ったけど。)

じゃ、なんで私がそう思ったか。

いくつか、面白いなーと思ったことをつらつらと書いてみます。

※ ※ ※

まず、創設(1984年)以前の話。

一般に言われている創設者は現会長であるギー・ラリベルテなのだけど、
上記にあげたジル・サンクロワ他数名が集まって出来た集団なので、
ここは、このインタビューをソースに、ジル氏の「創設前」の話を。

stecroixジル氏は元々サーカス団にはおらず、建築事務所に勤務している。
でも、2年勤めたところで、
「小さい頃からサーカスが好き。サーカスこそが自分のやりたいこと。だから、建築事務所を辞めて、サーカスを仕事としよう」
という想いが高じ、「シルク・ドゥ・ソレイユの道」がスタートする。
当時、結婚してすでに3人子供あり。
小さい頃は父から「竹馬を降りろ」と言われ、大人になったら子供から「竹馬を降りろ」と言われたという。(笑)

まあ、普通、そう思うわな(笑)。

そういう信念のようなものは、成功の源には必ずあるものだと思うけど、
ジル氏の好き、という信念というか執念というか、そういうものは、
当初から「好きなことをやるには、多くのお金がいる」という問題から逃げていない。

まず、政府に助成を申請→5000ドルの資金援助ゲット。

ま、このあたりは普通のアプローチ。

でも、全然足りない。

そこで、「芸術の援助」ではなく、「雇用のフォロー」という名目でのもっと大きな助成(資金の半分を援助してくれる)を申請→NG

どうしたらいいんだろう、、、と相談した友人に言われたのが、

「一般に広く知られている人にだったら、政府も信用してお金を出すだろう」
「キミが有名になればいいんだよ!」

そこで、ジル氏がやったこと。

私は、有名になるために、
なにか、誰もやったことのない
ユニークなことをやらなきゃいけないと思いました。

そして思いついたのが、
ベ・サン・ポールからケベック市まで
竹馬で歩いて移動するということでした。

ぎょぎょぎょ
た、竹馬ですか?
たしかに、ジル氏が得意としていたことは竹馬だったそうなんですが。
歩いて何を・・・

私は、この計画について新聞に広告を出しました。
ベ・サン・ポールからケベック市まで竹馬で歩くから、
おもしろいと思う人は、
1キロ歩くごとにいくらかください、と。
1キロ歩くごとに1ドル出す、という人がいたら、
100キロ歩いたら、100ドルになりますからね。

広告を出したことで、
ケベックの新聞社が私の計画を知ることになりました。
私は、22時間をかけて、ケベック市まで歩きました。
4月にスタートして、着いたのは6月でした。

ケベック市に着く直前に、私は新聞社に電話をしました。
「まさに、いま、これから、着くぞ」って言ったんです。
すると新聞社は、
インタビューアーとカメラマンを派遣してくれました。

翌日、私は、「何者か」になっていました。
新聞の一面には私の記事が写真つきで掲載されました。
なぜ私がこんなことをしているのか、
なんの資金が必要で、どんな計画をしているのか、
それが広く知れ渡ったのです。

どーん。
これねー。
これを読んで私は、わおー、こんな人が作ったから、今の成功があるのか!と思ったね。
なんでこんなこと考えて実行して、こんなにすらっと言えちゃうの、って。

有名になればいいんだよ!
という言葉で、すぐにこれを実行することがまずすごいんだけど、
なによりすごいな、と思うのは、意識的にか無意識的にかちゃんとクールに計算してること。
奇抜なことをして目立とうとする人はいっぱいいる。
でも、それをして目立つ意味はなんなのか、
その目的をきちんとおさえて結果を出しているのがすごい。

目立つことをする
 ↓
成功のためのコストとしての広告出稿(このコストの掛け方は○。だって、それじゃないとそもそも知れ渡らないし)」
 ↓
マスコミもおさえる(PR)」

そのうえで、きちんと新聞の一面を飾り”何者か”になり、助成をゲット
しかも、そうならなかったとしても、そもそも企画に「一般市民からの寄付(?)」という仕組みをつけているので、なにがしかの利益は出るようにしている。

結果として、ジル氏は助成金6万ドル、プラス市民から集めた1.2万ドル、合わせて7.2万ドルを資金としてゲットし、いよいよ人と設備を整えていくわけです。

これね、
この計画自体、そしてそれをやってしまう度胸もすごいなーと思うけど、
ただ真似しても、こうはうまくいかないと思うんだよね。。。
なんでそう思うのかは、説明できないんだけど。
やっぱり、インタビューから受ける印象なのかな。
ほんとさらっとね、こういうふうに言っちゃうのが、地味にすごいなって。

うーん、野暮な言い方だけど、

人間としての総合力たけえ!

というところかなー。

こういう人たちが集まって作った集団なんだ、ということが、
シルク・ドゥ・ソレイユが「奇跡的」であるゆえんなんじゃないかな、と最終的には思ってしまうわけですね。

・・・さて、ここまでが創立以前のこと。

創立後と最近のこと、
大きくなってからのビジネスの部分も少し書きたいので、
いったんきりますー。

シルク・ドゥ・ソレイユ サーカスを変えた創造力
シルク・ドゥ・ソレイユ サーカスを変えた創造力

アートサーカス サーカスを超えた魔力 (光文社新書)
アートサーカス サーカスを超えた魔力 (光文社新書)

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謎の”企業”、シルク・ドゥ・ソレイユ。序章

ラスベガスの旅からももう2週間経ってしまったけど、
シルク・ドゥ・ソレイユのことを書いておこうと思う。

今回観たのは、現在ラスベガスだけで6つ上演されている中でも一番人気とされる『O(オー)』。

015

シルク・ドゥ・ソレイユの中でも特に芸術性の高いものとして、98年に公開以来、いまだにチケットが取りづらいショーであるらしい。
円形の舞台に巨大なプールが埋め込まれており、しかも、そのプールの底が浅くなったり深くなったりするのに合わせ、人が浮かび上がったり、高いところから飛び込んだり、
なんというか、まさしく「観たことない」舞台である。
ピアノや木馬が水の中を浮かんだり消えたりするシーンは、かなり幻想的だし。

ojpg

いや、すごいとしかいいようのない限界を感じさせない人の体、そして演出のイマジネーション力だと思う。

でもね、
正直に言うと、
私個人の感想としては、今まで日本でも何度かシルク・ドゥ・ソレイユを観たことがあるんだけど(去年のドラリオンにも行った!)、
そのたびに「すごい!」と思うけど、「感動!」にまでは至ったことはないんだよね。。。
すごい!と感動!って、似ているけどやっぱり違っていて。
それは単に私がやっぱり動きの激しいダンスとかリズムとか、それに伴う歌とか、そういうのが好きだからだと思うけど。
人間ばなれした技を芸術的に見せる、ということであれば、
勝ち負けという緊張感が伴う、競技としてのアイススケートとかの方が好き・・・
あとは、クラウン(ピエロ)があまり好みでない、というのもあるのかもしれないけど。

ま、それは、本当に個人の嗜好です。
シルク・ドゥ・ソレイユを観た人は、ほとんどの人が感動しているし、
そんな私もやっぱり、とはいえ、ディズニーリゾートで始まった『ZED』も見ようと思っているし、
次にラスベガスに行った時は、『LOVE』かなーなんて思ったりもしているけど(笑)。

それよりも、ラスベガスで
どこもかしこもシルク・ドゥ・ソレイユな状況を観るにつけ、私が気になったのは、
「てゆーか、シルク・ドゥ・ソレイユってなんでこんなに成功してんの?誰がこんなグローバルに成功した集団にしたの?」
ということ。

現在のシルク・ドゥ・ソレイユの企業としての規模は、4000人(内、1000人が契約アーティスト)で2007年の売上高は6.3億米ドル、全世界で約1,200万人が足を運んでいる。
今年の見込みでは、8億米ドル、1,500万人までに増加しそうだとのこと。

私が観た「O」は、年間推定8000万米ドルを売り上げており、それはブロードウェイのロングライン公演の倍以上の収益だという。
まあ、「O」は一番の稼ぎ頭だと思われるけど、多かれ少なかれそんな規模のものを、1社がラスベガスだけで6つ、全世界では15もショーを行っているのである。

しかも、今年マカオ、日本へ常設劇場の進出を果たし、次に狙う中国には、2010年の上海万博のカナダパビリオンのアートディレクションを皮切りに、翌年にはツアーを、そして中東はドバイの投資会社とパートナーシップを結び、早晩進出する見込み。

よくよく考えたら、水ものであり投資額も巨大(ちなみに、「O」の場合、劇場を作るだけで7000万米ドル、制作費用は2200万米ドルかかった)なエンタテイメント業界、特に舞台の分野でこんなふうに成功した企業はあるだろうか。

彼ら、元はカナダのサーカス集団である。
しかも創立は84年であり、まだ20年ちょっとしか経っていない。
きっと、クリエイティブ集団としての顔とは別に、巨大企業の顔、そこのキーパーソンがいるに違いない。

というわけで、帰国後、私は本やウェブでシルク・ドゥ・ソレイユのことを調べることになる。

・・・ここまで書いて、疲れました。(笑)

続きは次回にっ(スミマセン!)

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日本からブロードウェイへ、そして日本へ。出口最一という人

最近書いてなかったミュージカルネタがいくつかたまったので、ぽつぽつエントリーしようかと。

まずは、いつか書こうと思って書く時期を逸していた出口最一さんのことをば

■出口最一という人

出口最一さんとは、ブロードウェイの演劇プロデューサー。
このへんこのへんを読めば略歴はわかるけれど、
劇団四季で役者をした後、28歳でNYへ行き、劇団の現演出助手などを経て
91年、現在日本でも、六本木に専用劇場をたてて公演中のブルーマン」プロデューサーとして一躍有名になった方である。

その彼が8年の歳月をかけて作り上げた新作ミュージカルが、「trip of love」。
先月から大阪でトライアウト公演と呼ばれる”ブロードウェイにかかる前の様子見公演”が始まっており、来年春のブロードウェイ初演を目指しているという。

bluemangroup.jpg

私が彼の名前を知ったのはよく覚えてないけど、
ブロードウェイやラスベガスに行った人たちから「ブルーマンが面白い」という話がたまに出ていて、
その中で、「しかもそれを仕掛けたのは日本人なんだよ」と聞いたのが初めだったような気がする。
昨年末、東京公演が始まったとほぼ同時に観にいって、
こんな変な?作品をプロデュースしたのが日本人なんだ、と妙に心に残った。
そして年明けてほどなくして、「trip of love」の話がメディアで取り上げられるようになって、
「え、今度はこんなど直球ぽいミュージカル・・・?」と再び驚き、そこから本格的に興味を持ったんだと思う。

4月のトライアウト開演前後は制作発表会などでいろいろとしゃべっており、テレビ取材なんかもきてたようなんだけど、
当時は、宣伝大使?担当が神田うので、彼女のプライベートがどうのこうのが話題になってた時期で主に放送されるのは彼女の囲み取材ばかり(苦笑)、さっぱり演目のことや出口氏自身の言葉が伝わってこなかった。(ほんと、どうにかしてほしい、こーゆーの笑)

そしたら、
先週、
NHKが、
出口氏と「trip of love」の舞台裏を特集してくれた(はーと)。(「トライアウト~ブロードウェイの舞台を仕掛ける男~」)
NHK、ぐっじょぶだよ!

■8年間、20億円、保証ナシ

その番組は、2時間ぐらいあってすごく見応えがあった。

まずは、舞台1本制作するということって、ほんと途方もない作業だなーということにくらくら。

あたるかどうかもわからないことに対して、0からスタートして8年間。
ドッグイヤーな業界にいたからかもだけど、8年間って私からしたら、気が遠くなるような年月だ。
「正気だったらこんなことできない。絶対あたるって信じ続けないと」と言っていたが、
10年近く信じ続けるのは、ほんと並大抵じゃないよね。

役者も同様。
自分が演じられるかどうかはもちろんのこと、
そもそもやるかどうかすらわからないものに対して、毎日毎日ハードな練習が行われる。

そして、改めて感じたのが、
こういったものを作り上げるには、「投資」というものが必要不可欠であるということ。
(ちなみに、今回の製作費は日本円にして20億円・・・だそうです。はいー)

投資してもらうためにさまざまな人にプレゼンをし続け(100件に1件、投資してくれる人が見つかればラッキー、ぐらいの確率だとか)、スタジオに呼び、「これはあたる」と思わせる。
そういう投資のシステムがブロードウェイやらウエストエンドにはあるんだよね。
プロの投資家だけじゃなくて、アメリカ在住の日本人医師とかにも会いにいってたし。
なにせ、あたる公演がひとつ生まれれば、それに伴う産業(大道具小道具、衣装やらなんやら)が複数立ち上がるぐらいの規模なのだから。

文字で書いたら、なんと世知辛い仕事か、とも感じるかもしれないが、
こんなことを続けるのは、真に信念がないと出来ない。

■日本へ還していく

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そして語られる、出口氏自身のこと。
とにかく、クールに熱いというイメージ。
(そういえば寝不足&お酒飲みながら観たせいで、最後の方わけもなく泣いてました。「熱いなあ、すばらしいなあ」って笑)

日本を飛び出して”本場”の劇団で知った、日本とNYのいろんな意味での違い
(個人的に興味深かったのは、演出家と役者の立場の違いだった。
「日本では演出家は椅子で役者は床。大先生の話を聞くんです。NYは全員対等。役者の主張で台本が変わっていく」とのこと。少し劇団四季の内情を垣間見た感じ笑)

日本のエンターテイメント界を変えていきたい、という熱い想い
そのために、日本人はもっと本場の役者と一緒の舞台を経験すべきだという考えと、
それが今回の日本でのオーディション開催につながったということ
(「野球選手も実際に大リーグに行く人が現れることで、日本の野球界のレベルが上がっていく。それを日本のダンス界でやりたい」)
長年NYに住み、NYで成功をおさめたのに、(のに、という言い方はおかしいかもだけど)
「日本でのトライアウト(こんなことはもちろん日本では初)」
「日本でのオーディション」を行い、自分がNYに行った意味やそこで培ったことを日本に還そうとする姿勢が、非常に印象的だったし、素晴らしいなあと思った。
この人は、本当に日本のエンターテイメント界のことをおもっているんだなあと。

日本オーディションを勝ち残り、NYでのレッスンに合流することになった役者たちに、

「ここからは、私は通訳をしない。なぜならば、この場所に日本人が何人かでまとまって来たという今の状況は、かなり恵まれているから。ここからはサバイバルしてください」

と言った彼の言葉に、そのあたりの「愛」を、感じますた。

■トライアウトは観にいかず・・・でも、応援してます。

というわけで、
出口最一さんは、是非成功し続けてほしい
ルネ・マルタン氏に続き、このブログで追いかけたい人その2、であります。

しかし・・・

余談。

実はこれまで、大阪まで「trip of love」のトライアウトに行こうと何度も思った。
でも、
でも、
でも、
でもーーーーーー

tripoflove02.jpg

このtrip of love
どうやらレビュー要素が大きく、(大きく、というか「レビューを復活させたい」といってたから、まさにレビューなんだろう)
使われている曲は「Wipeout」やら「Where have all the flowers gone?」やら、60年代を中心に流行った曲。(曲目はこちら

そして、私の中で、偏見なんだけど、既存のヒット曲を使ったミュージカルは「あんまり観る気しない」のである。

ここ数年、ビリー・ジョエルの曲を使った「Movin’ out」、クィーンの「We will rock you」、ABBAの「Manma mia!」等等、ヒット曲ミュージカルは流行ってはいるんだけど、
それならそのアーティストのライブを観たい、となぜか思ってしまって観る気がしない。
おそらく、曲ごとの印象がきっちりあって、ひとつのストーリーを紡ぐイメージができないんだよね。
あくまで、私の好みなんで「だから、出来が悪い」にはつながってないんだけど・・・。

というわけで・・・・・・
行くの、やめました。まだやってますけど。(28日まで)

でもねでもね、
無事、ブロードウェイにかかって、
「ああ、こんなあほなこと書いて行きそびれて、私ってあほ!」と後悔するぐらい、ヒットしてほしいです!!!!
ほんとなんです!!!!(笑)

最後に、宣伝用ビデオ↓
出口氏自身が話してます。宣伝用なので、演目の「わかりやすいウリ」の話がほとんどですが。

ミュージカル「TRIP OF LOVE」トライアウト公演 宣伝

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