- Oct 18, 2013
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- game changer シリーズ, アムステルダム国立美術館, オンライン・コレクション, デジタル戦略事例紹介
今月 3 日にロンドン・ミュージアムで Museum Ideas というカンファレンスに出席した。20 ヶ国から 200 名が集まるという結構大きい国際カンファレンスなのだが、内容は 12 名のミュージアム関係者がそれぞれ、彼らの館で行っているさまざまな “イノベーティブな” 試みやその根幹をなす思想をプレゼンテーションする、というものである。
面白いプレゼンもいくつかあったので、その中から特にデジタル×ミュージアムに関する話題に関して覚書を残しておこうと思う。ので、突然のブログ再開です(笑)。
まずは、今回の私のお目当てのひとつでもあったアムステルダム国立美術館のデジタル・コミュニケーション・マネージャー Peter Gorgels 氏による、同館の新しい WEB サイト&コレクション・アーカイブ・サイト Rijksstudio について。
題して “Rijksstudio: New adventures in participatory digital culture”。
なお、一回で全部書ききれなかったので、今回は前編として「彼らは新しい WEB の役割をどう定め、どのように作り上げていったか」を書きます。内容はこんな感じ。
※後編はこちら。
このプレゼンテーションの背景
本題に入る前に、背景を簡単に。
アムステルダム国立美術館(Rijksmuseum ライクスミュージアム)は、主に中世以降のオランダ絵画を扱うオランダの主要美術館のひとつだが、2004 年より改修工事に入り休館、その後市民や建築家との間ですったもんだがあり、長いこと再開館が出来なかった美術館である。(そのあたりはこのドキュメンタリーによく描かれているし、そのドキュメンタリーについて私もブログで書いたことがある)しかしついに、今年の 4 月に新たな建物でオープンした。
この再開館に先駆けて、昨年 10 月末に新しい公式サイトと、その中に含まれる “Rijksstudio” というコレクション・アーカイブ・サイトを公開したのだが、この Rijksstudio というのが蓋を開けるととてつもないアーカイヴだった。このアーカイヴでは、
- 12.5 万点にのぼる彼らの所蔵作品を
- すべて高解像度でアップロードし
- さらに、それら画像すべてのダウンロード、保存から改変・加工、使用まですべて無料かつ権利フリーで提供
したのだ。
オンライン・アーカイブはいろいろなミュージアムで実践されていたものの、こんなサイトは未だかつてなく、一躍注目の的となった。実際、翌年(つまり今年)の Museum and the Web (ミュージアムの IT 活用に関する国際シンポジウム)内表彰イベント Best of the web では、最優秀賞、イノベーティブ部門、ピープルズ・チョイスの三部門を制覇した。(私の知る限り)2001 年から始まっているこの賞だが、同年に三部門受賞したのは、彼らが初めてだと思う。
というわけで、私も彼らがどういう目的で、何を目指してこのようなサイトを運用するようになったか、そして本当にすごいところはどこなのか、というのを知りたいとずっと思っていた。
先にまとめとキーワード
ここから先は、実際の WEB コンセプトやプロモーションにまつわることを長々と書いていくので、最初にまとめっぽいことを言っておくと、
彼らは自分たちの最大の強みを
「パワーある “ヴィジュアル”(つまり作品画像)をもっていること」
だとし、
「いかにサイト上で “ヴィジュアル” の経験をしてもらうか」
ということにとことん特化していっている。
そしてそこに、テクノロジーと人々の関係の変化という環境の要因を注意深く観察したうえでの「見せ方」を選択していっている。
「自分たちの最大の強みは “ヴィジュアル”」――美術館の WEB としてそれほど変わった意図には思えないかもしれないが、それを本当にやろうとすると捨てるものが結構あることが彼らのやったことを見ているとわかる。そしてその結果、かなり振り切れた「意志のある WEB」になったのではないか。そんなことを思った。
それをふまえた上で、今回出てくるキーワードはこんな感じ。
- アプリ&タブレット
- “culture snacker”
- とにかくイメージ!イメージ!イメージ!
- とことんオープンに。
彼らが注目した「トレンド」
さて、ようやく本題、「彼らは新しい WEB の役割をどう定め、どのように作り上げていったか」。
彼らは 2011年後半から新 WEB の構築にとりかかったが、まず彼らが議論したのが、その時点での「人々とデジタルとの関係の変化、トレンド」について。その結果、下記のようにポイントを絞る。
- オンラインの世界は画像の洪水:
今日のオンラインの世界は日々アップされる画像で溢れかえっている。 - 「ウェブ」から「アプリ」へ:
ウェブが多くのものを貯めこんでいっている一方で、アプリは単機能で使いやすく、利用頻度が高い。アプリは人々のオンラインでの行動を変えている。 - “Focus on the task, not device”:
もはや人は、デバイスによってやることを変えたりしない。デスクではパソコンを、移動中はモバイルを、ソファではタブレットを…場所やシチュエーションに応じてタブレットを使い分けつつ、やっている内容はデバイスに縛られていない。 - タブレットと美術館の親和性:
数あるデバイスの中でもタブレットはヴィジュアル・コンテンツを扱う組織にはうってつけのメディア。人々と作品との「親密さ」を作ることができる。 - オープン・コンテンツ/デザイン:
著作権の考えが抜本的に変わりつつある。できる限り、権利フリーもしくはそれに準じる方法で提供されるべきという流れ。さらに、自由に改変することも、求められている。3D プリンター、レーザー・カッター、テキスタイル・プリンターなどの普及がこのムーブメントに拍車をかけている。多くのミュージアムは著作権フリーのものを大量に所有しているにも関わらず、それをオープンにしているところはほとんどない。
さらに・・・
- 美術館としては Google Art Project の与えた影響は無視できない。
彼ら自身、自分たちの以前のサイトは、複雑だし、情報過多だし、選択肢が多すぎるし、以上にあげた「トレンド」にまったく合ったサイトではないと考えていた。
また、既存のミュージアムのオンライン・コレクションに対しても、あくまでデータベースの域を超えることができず、画像は小さいサムネール表示、とても美的な喜び、楽しみは味わえない、これまた上記の流れに合っていないと考えた。
これらを踏まえて、“E-strategy”=公式 WEB を作る際の原則を下記のように定める。
WEB の目的は “コレクションを人々に”。
- コレクションやテクノロジーから考えずに、「どうすれば人々に届くか」を考えよう
- 無駄なく、経費をおさえたものに。そう、アプリのように。
- 情報には早く容易にたどりつけること
- コンテンツはすべて簡単にシェアできること
- なんでも自前で作ろうとせず、既にあるプラットフォームはなるべく賢く使うべき
- デバイスに関わらず、全コンテンツを管理・表示できるようにする
- 「驚きと誘い」があること。もっと知りたい、またアクセスしたいと思うような。
そして、彼らが新しい WEB を通じて第一にアプローチしていく層を下記のように定義づけた。
それは、“culture snacker”。
“culture snacker” たちに向けた WEB にする!
ほ? 「カルチャー・スナッカー」って何のこと?
答え:「画像の洪水」の時代、さまざまな写真や画像を(主にモバイルを使って)時に美しく、時にユーモラスに加工し、SNSで友達やフォロワーにシェアする人たち。
伝統的な来館者層(アートに熱心な層)と比べると、新しく、より大きなターゲット層でありチャレンジとなることはわかっていたが、彼らは「とはいえ、今って、私たちみんな culture snackers じゃん?」と考えた。だからミュージアムにとって、culture snackers たちにアプローチすることは重要、というか避けられないなのだ。
この考え方は、賛否両論分かれるところもあるかもしれない。culture snackers とは彼らの造語だと思うのだけど、アートをスナックのように消費していっている傾向のことを指しているのだから。明らかにこれとは反対の方向を目指す美術館もあるだろうし、それも私はいいと思う。
ただひとつ、担当者の方はこんなことを言った。私はこの言葉が大好き。
私達は自分たちのコレクションの力を信じてるんです。
どれだけ長い間愛情こめて保存してきたと思います? 今は画像が洪水のように溢れている時代ですけど、だからこそその中に彼ら(作品)の居場所をつくりたいんです。 “culture snacker” たちの力を集結させてね。
――さて、以上のことをふまえて、WEB の具体的なコンセプトが決められていった。
新 WEB のコンセプト
- “an app style website”:
ずばり、アプリのような使い心地の WEB を目指す。シンプルで、最低限のインタラクションでやりたいことができ、情報やファンクション・ボタンでフルスクリーン画像を邪魔したりしない- あらゆるデバイスに最適化されているサイト:
専門用語でいうとレスポンシブWebデザイン。デバイスごとに専用のサイトを準備することなく、さまざまなデバイスに合ったサイトを作る。- タブレット・ファースト:
とはいえ、フォーカスするのはタブレットで触った時の使用感。タブレットで操作しやすいサイト・デザインにする。- 画像中心主義:
とことん画像中心。情報はその次でいい。データの豊富さではなく、作品画像そのものがもっている強さで。よく美術館は WEB を「詳細な情報が読める場所」にしようとするが、彼らは(美術館と同じく)「ヴィジュアルの経験をする」場所にしようとする。- 「Close」「Closeness」:
新サイトの “デザイン哲学” として言葉として頻繁に登場。いろいろな意味が込められている。
→WEB の訪問者に対しての親密さ
→コレクションのアクセスのしやすさ
→実際の美術館への(心理的な距離の)近さ
→専門家も身近に。
すべてを人々が手を伸ばせる距離へ。芸術が身近で、心奪われるもの、インスパイアされるものにすること。
そして、2012 年 10 月末、いよいよ新サイトができあがる。
こんな WEB が出来上がった
新サイトは最初に書いたとおり、大きく分けると
- ミュージアム情報を扱うセクション
- オンライン・アーカイブである Rijksstudio
のふたつから成る。どちらも画像中心。
トップページをみてみよう。
ほんとにむっちゃタブレット意識したデザインやわあ。。。( ゚д゚)
横にスライドしていくとこんな感じ。
ちなみにトップページには
- Plan your visit
- Collection
- About the museum
のナビゲーションしかない。
下の階層のページに行くと、ナビゲーション・メニューは隠れて(過度な情報やファンクション・ボタンで邪魔しない!)こんな感じ。
上の矢印をクリックすると
iPad でも iPhone でもこんなふうにみえる。
もちろん、各コンテンツをクリックしていくと、いろいろ情報があるのだが、まず第二階層まではスクロールなしでわかるページ・デザイン。
第三階層以下も基本は画像メイン。
こうしてみると、他のいろいろな(それぞれ工夫されている)美術館の WEB と比べてもかなり変わった、思い切ったデザインであることがわかる。
そして、本サイトの目玉でもある Rijksstudio。当初、別のドメインのサービスにすることも考えたが、結局公式 WEB の中の「collection」の 1 コーナーとなった。
基本的にここでは、
- 作品を探して、隅々まで作品を見ることができる。(かなり Google Art Project に近い)
- そして、気に入ったものはコレクションして自分だけの「セット」を作り、シェアしていくことももちろん可。(コレクションの部分は Pinterest に似ている)
- さらにはダウンロードし、photoshop などで加工して、やりたいと思えば印刷して T シャツや、iPhone ケースや、カバンや、何でも作りたいものに画像を使っていい。(!!!)むしろ、それを奨励されている。
面白い!と思ったのは、作品画像を表示する時に「わざと、ユーザーのスクリーンにフィットしたフルスクリーンの画像にリサイズしなかった」という話。探していたor 気になった作品にアクセスした時、最初に表示される画像は作品の全体ではなく、作品のメインの部分の一部だというのだ。ぱっと観た時のヴィジュアルの経験重視ということ。(「人々は最初に全体像をみる必要はない」)
例えばレンブラントの 《夜警》 は、最初アクセスした時こんなふうに表示される。
見た人はここからズームしたりひいたりして作品を楽しむ。
ぐーーーーーん
(今までのオンライン・アーカイブで表示されがちな)作品全体画像はこちら
あと、コレクションを作る際に、こちらもただ作品画像全体をコレクションしていくのではなく、お好みで「作品の部分」を切り出してコレクションすることができる。
なもんで…
髭だけ集める人も出てくる(笑)。
絵画の左下だけ切り取って集めるコンセプチュアルな人とかもいるらしい(笑)。このあたりはたしかに、Pinterest の “Boards” の感覚にかなり近い。
その他、何を手がかりにコレクションを始めたらよいかわからない人のためにと、いくつかの質問の答えると「とりあえずあなたが好きそうな作品セット」を作ってくれる MasterMatcher という仕組みも。
こう書いてみると、やっぱり「コレクションのセットを作ってもらうこと」を結構重要視しているんだなーー。ちなみに、後編で「成果」として書くけれど、今約 20 万セットあるそうだ。(ここで一覧が見られるし、シェアもできる)このセットの中には、作品画像を使って創作したものの画像まで含まれている。
……と疲れてきたので、WEB を紹介したところで今回はこの辺で!
後編はこんな感じです。
- Rijksstudio:自分でテーマを作って自由にコレクション
- Rijksstudio:「好きな作品画像でポストカード・オーダー」までできる
- Rijksstudio:モバイルとの連動、API 提供など
- キャンペーン:デパートで「ポップアップ・スタジオ」&数々のコラボ
- 粗悪なものが出回るくらいなら、「高画質のフェルメールのトイレット・ペーパー」を
- 「ヴァーチャル・アウラ」はオリジナル作品の力をさらに増す
- 実績:「あなたが世界から受け取れるものは、あなたが世界に提供したものと比例する」