- Feb 14, 2015
- #BLOG, #DIGITAL STRATEGY, #MUSEUM COMMUNICATION
- Instagram, エルミタージュ美術館, メトロポリタン美術館, ヴィジュアル・コミュニケーション
昨年はなぜかずっと、「デジタルの海にビジュアル(画像と映像)が溢れだしている時代の美術館(と作品)」ということに関心があった。なんで気になるのかよく自分でもまだよくわかってないので、整理がてら改めてそれらにまつわる事例、事象っぽいのを何回かにわけて書いておこうと思う。なんか見えることがあるといいな。
まずは、美術館や文化施設の instagram プロモーションとして注目が集まっている “empty” シリーズ(と、私が勝手に命名しているだけど)の紹介と、なぜこれが少なくとも私にとっては重要なのか、ということを。
一人のフォトグラファーのアイディアで始まった “#emptymet”
まずは “empty” シリーズってなんぞや、について。
事の発端は一人の男性のアイディアである。彼の名前は Dave Krugman。20 代のフリーランス・フォトグラファー、レタッチャーだ※1。2011 年にニューヨークへ越してきた彼は、ほどなく 2010 年に開始以来どんどん利用者数を増やしていた写真共有サービス・インスタグラムにはまり、自身のニューヨーク生活の一部を切り取った写真――夜の高層ビルや高架線下の車、地下鉄のドアを通り抜ける通勤者など――を次々にポストし始める。また同時に、「写真狂」の仲間たちとの出会いもあり、「ここが自分の世界だ」とのめりこんでいく※2。
↑彼がインスタを始めたばかり(2012 年 4 月)の頃のポスト
日々ポストされる写真によって、徐々に人気「インスタグラマー(インスタグラム・フォトグラファー)」になっていった彼が、後に “#emptymet” と呼ばれる企画のことを思いついたのが 2012 年 10 月のこと。メトロポリタン美術館を訪れた際に、インスタグラムは絶対美術館の有効なマーケティング・ツールになる、と確信した彼は、当時まだインスタグラムのアカウントも持っていなかったメトロポリタン美術館へのアプローチを始める。
「かつて印刷技術が本と執筆にもたらしたことを、今インスタグラムが写真と美術にもたらしているのです※2」
美術館への最初の手紙にこんなことを書いた彼が、館のオンライン・コミュニティ・マネージャーと会えたのが翌 2013 年の 3 月。メトロポリタン美術館はその年の 1 月にインスタグラムを開始していたが、当時はフォロワー 4000 人ほど。(まあ、知名度もあるし、ツイッターやFB のフォロー数は当時から多かったこともあり、少ない数字ではないけれども)もうちょっとインスタ内での存在感を高めたい(ぶっちゃけて言えばもっとフォロワーがほしい)と考えていた美術館側担当者と考えが合い、翌 4 月に初の “#emptymet” 企画が実施される。
一気に増えたメトロポリタン美術館のフォロワー
ここでようやく、#emptymet(空っぽのメトロポリタン美術館)について。
企画内容はとてもシンプルで、「メトロポリタン美術館の閉館日に、Dave たちインスタグラマーが誰もいない展示室で自由に写真を撮ることができる」というもの。
- 美術館側は、当時閉館日であった月曜日※3の 2 時間、Dave と彼の連れてくるインスタグラマーのために展示室をオープンする。
- Dave は、インスタグラムのフォロワー数が多いお気に入りのフォトグラファー数名に声をかけ※4、当日美術館へ。2 時間たっぷり写真を撮る
- 後日、各々で撮った写真に「#emptymet」というハッシュタグをつけてインスタグラムに投稿。その際に、メトロポリタン美術館のインスタグラム・アカウントへのリンクを貼る。
- 参加インスタグラマーのフォロワー(全員足せば何百万単位でいる)に対して、誰もいないメトロポリタン美術館という普段とはちょっと違う、しかも腕のいいフォトグラファーによるすてきな写真と美術館のアカウント情報が行く
- フォロワーたちの中には、リンク先のメトロポリタン美術館のアカウントをフォローしてくれる人もいるはず
つまり、
- インスタグラマーたちは、「誰もいない美術館」という普段は立ち入れないところへのアクセス権を得ることができる(他にはない写真を撮ることができる)
- 美術館側は、トップ・インスタグラマーに館の写真とアカウントを紹介してもらえる。
自身の負担がそれほど重くないわりに、両者にとって嬉しい。という企画。
当日はこんな写真が撮影され、インスタにアップされた。
で、ふたを開けてみると、
この企画は大当たりした。
初の “#emptymet” 後、ものすごい勢いでメトロポリタン美術館へのフォローが増え一気に 2 万フォロワーになったという。しかも、美術館側としては、インスタグラムの性格上、実際に訪問する層より若い、つまり今まであまりアプローチできなかった人たちと出会うことができたのも良かった。
この成功を受け、その後も毎月 “#emptymet” ツアーは行われることになる。メトロポリタン美術館のインスタグラムのアカウントは開始から 1 年半の 2014 年 6 月の時点で 17 万、現在は 35 万フォロワーがいる有数の美術館アカウントに成長している※5。
広がっていく “empty” シリーズ
“#emptymet” の成功とその立役者である Dave は徐々に評判となり、14 年には New York Times、TIME、Bloomberg 他一般メディアでも語られ始めた。そうなってくるともちろん、自分のところも、という美術館や文化施設が出てくる。
Dave 自身もその後、グッゲンハイム美術館(55 周年記念で行われた)、ナショナル・ギャラリー(アメリカ)、ボストン美術館、ニューヨーク公共図書館、アメリカ自然史博物館、イントレピッド海上航空宇宙博物館……、本当にさまざまなところから声をかけられ “empty” シリーズを実施しているし、海を超えてテート・ギャラリーやアート・フェアのフリーズ・ロンドン、ロシアのボリショイ劇場、エルミタージュ美術館などでも現地のインスタグラマーが中心となって行われている(きっとまだあるはず)。
つい先日は、元祖?であるメトロポリタン美術館がブルームバーグ財団との共同企画で、一般の人を募集してチーフ・デジタル・オフィサー自らが閉館後の美術館を案内しながらインスタで撮影してもらう企画もやっていて、もはやよくわからなくなっている(笑)。そうそう、メトロポリタン美術館ではいまや企画関係なく “#emptymet” タグでインスタグラムにアップする来場者も結構いるそうだ※6。
私が好きなのを一個だけ挙げると、昨年 11 月にエルミタージュ美術館で行われた “#EmptyHermitage”。インスタグラマーのドレス・コードがブラック・タイ! かっこいいの。ぜひ、ハッシュタグ検索してみて。
ちなみに、Dave 氏によると最近はインスタグラマーに対しある程度のギャラが払われるようになったという※7。それによって削がれるものもあるかもしれないし、でも、美術館側からのオファーとして実施されるものに対しきちんと対価は支払われるべきだとも思う。(今回の話の本筋ではないけれども、元々自発的に行われていた末に「あたった」ものが結果、予算がつくプロモーション・ツール化していく、というのも、避けられないからこそ難しい話ね)
空っぽの美術館で撮られたものは
さて、以上が “empty” シリーズについて。
ここからは、そもそもなぜ気になったのか、という話から、この企画が示したであろう「大量ビジュアル in デジタル時代の美術館」とは、について今思ってることを、まとまるかわからないけど書いてみる。
私が最初 “#emptymet” のことを知ったのはちょうど一年前、去年の 2 月のことで、なんで知ったのかも忘れちゃったんだけど、とにかくその時の印象が
- 写真綺麗でいいな~
- インスタグラマーからの自発的なアイディアで美術館からの PR 企画(いわんや、広告代理店をや)じゃないのがいい。
- しかもアート・ゴア、ミュージアム・ゴアじゃなくて、彼らが関心があるのは写真を撮ること、写真好きな人たちの企画っていうのも面白いな
で、
とも、なんとなく思った。
で、その後さらにいろいろな美術館がやるようになって、そのたびにハッシュタグを追っかけたりしているうちにふとこうも思った。
- そういえば、からっぽの美術館で作品撮り放題なのに、empty シリーズでアップされているのはどれもほとんどが美術館内の空間を見せる写真だわ(作品そのものにフォーカスしたのってあんまりない)。展示室ですらないものもわりとある。(階段とか床とか)
なるほど、そのへんがちょっとセルフィ(自撮り)と違うところなんだなーと。
美術館の中でのセルフィ=ミュージアム・セルフィは、展示室内での写真撮影可の動きが広まってからわりとすぐにトピックとして上がっていて、今やミュージアム系カンファレンスのひとつのテーマとなるぐらいポピュラーだし、展覧会やギャラリーが「セルフィー」目当ての訪問者増で活況か、という話題もすでに 13 年頃から言われている※8。
私自身はミュージアム・セルフィには当時はほとんど関心なくて(でも、このシリーズ?では別途取り上げるつもりだよ!)、まして記念写真的に用意されたところで撮るのとかなあ、、と思ってたのだけど、それはなんでかっていうと、だいたいが背景に小さく作品、前面にドヤ顔が写ってて、個人と美術館の関係、という切り口では面白いかもしれないけど、まあ平たく言えばインスタとかで見てても(知らない人だったら)いい写真と思わない。
このエントリで紹介したけど、これが私の初めてのセルフィーだ!! まるでいけてない。なんだよこれ。
でも、empty シリーズの写真は、(これだけポピュラーになった今はわからないけれど)少なくとも Dave さん仕切りでやってる企画のものは、あ、いいな、って写真がけっこうある。インスタでいいね!おしちゃう。と、思うのは、私だけじゃなくて、だから、大量にいいね!がついている。ま、元々フォロワーが多いからだけど。
で、根拠はなく、ほわっと
- インスタグラム上においての「ミュージアム」の存在感、人々の心を捉えているのは作品そのものの画像以上に「美術館という空間」なのかもしれないな
ということを感じた。
美術館は建築も含め、そもそもそこの空気が特有で、美しい。
個々の作品にそれぞれ素晴らしさがあるのはもちろんのことだが(でもそれは写真だけでは伝わらないこともあるだろう)、それ以前の話として、美術館って美しかったり面白かったりする風景であふれているんだね。そのことを、最適な形で広めてあげたのがこの empty シリーズなのかなあって。
そのことは、この企画が伝える何かとても重要なポイントな気がした。
「culture snacker」と「inspiration snacking」
「重要なポイント」がなんなのか、ってところなんだけど、
それを考えるために、ここで突然話を変える。
Pinterest の中の人曰く、Pinterest のストリームを眺める行為のことのことを「inspiration snacking」と呼んでいるらしい※9。
「inspiration snacking」
この表現面白い、たしかに、Pinterest のみならず、SNS が「画像の洪水」になって以降、インスタ見るときも tumblr 見るときもブラウジングがパーティ・スナック食べてる感覚になったのはわかるなーーーー(もぐもぐ)と、それを知った当時思った。
と、そこで思い出すフレーズがある。昔書いたエントリ、「美術館 WEB の game changer(1):アムステルダム国立美術館の WEB 戦略【前編】【後編】」で紹介した「culture snacker」という言葉だ。
そう、実は「デジタルの海にビジュアル(画像と映像)が溢れだしている時代の美術館(と作品)」への関心、というのはこのエントリに書かれているアムステルダム国立美術館のアーカイブ戦略を知った時から始まっている。
なので、もし良かったら読んでいただければと思うけど、「culture snacker」というのは、彼らが新しい公式 WEB を作る時にターゲットとした人たちを指す(たぶん)造語だ。
曰く、「さまざまな写真や画像を(主にモバイルを使って)時に美しく、時にユーモラスに加工し、SNSで友達やフォロワーにシェアする人たち」。
出どころは違うが snack という言葉が共通しているところからして、「culture snacker」と「inspiration snacking」はおそらく表裏一体の関係で、
- 「culture snacker」がシェアした画像や写真を
- 「inspiration snacking」する人がいる。
- さらに、一人の人の中でも、ある時は「culture snacker」であり、「inspiration snacking」する人である。
アムステルダム国立美術館の人たちはなんで「culture snacker」をターゲットにしようとしたかというと、
「ネットは画像の洪水」の時代、自分たちが大事にしてきた作品の「居場所」を作るにはどうしたらいいか?
→よし、高解像度の画像を無料提供して「culture snacker」たちにあれこれいいように改変、シェアしてもらおう
と考えたからだ。
その発想が革新的だった。
で! 横道にそれたようだが、何が言いたいかというと、この “empty” シリーズもまさに「culture snacker」によって、「画像の洪水」=「inspiration snacking」の中での美術館の存在感が増した、という話だよね、ということ。
アムステルダム国立美術館が、自覚的に、自らのものすごい労力をもって「作品画像」を画像の洪水の中に放ったのだとすれば、この場合は、「culture snacker」側からの提案で、おそらく結果として「美術館という空間」を画像の洪水の中に放ったといえる。
なぜ、彼はメトロポリタン美術館を選んだのか?
うう、最後までうまく書ききれるかな、、わからないけれども(汗)もう少し書いておく。(深呼吸)
最初の印象で「アート・ゴア、ミュージアム・ゴアじゃなくて、彼らが関心があるのは写真を撮ること、写真好きな人たちの企画っていうのも面白いな」と感じた、と書いたけれど、人気インスタグラマーという、いわば「画像の洪水を泳ぐプロフェッショナル」である Dave の発案、そして同じく「画像の洪水を泳ぐプロフェッショナル」たちの実施であるということは、この企画の成功の大きなポイントだと思う。
それは単に写真がうまい、フォロワーが多い、という話だけではなくて、彼らの大きな能力のひとつは
- 「どんな画像が “inspiration snacking” の時に、より強く印象を与えるか」
- 「何が画像の洪水の中で強い写真なのか」
というのを、今までの経験で感覚的にわかっていることだ。もちろん、 “inspiration snacking” に強い写真を撮ることが重要なのではなくて、撮りたい写真を撮ることが重要なのだけど、でも、どんなものが強い、というのは、誰よりもわかっている人たちのはず。
で、思ったんだけど、
そもそも、なんで Dave はメトロポリタン美術館でこの企画をやろうと思ったのか。
彼はフォトグラファーだから美術館はよく行く方だと思うが、公式サイトや今までのインタビューなどを読む限り、彼が関心があるのは美術館ではなくて、「スマホとインスタグラムによって民主化された写真を撮る/見るという行為」であり、「インスタをはじめとするソーシャル・メディアを使って、コミュニティを作りあげること」である。(なので、美術館以外でも、たとえばニューヨークの街で集まって同様の企画をやっていたりする)
そんな関心を持ち、「”inspiration snacking” な人たちに対し強度をもった写真」がどのようなものかがわかっている Dave が、なぜわざわざメトロポリタン美術館を舞台にしようとしたのか。
さらに言えば、”#emptymet” に参加した Dave と同様の視点と能力を持つ他のインスタグラマーたちは、なんでも好き勝手撮っていいと言われ、なぜ(価値ある)作品画像ではなく展示室や美術館の中自体を撮ったのか。
そこに、画像の洪水=デジタルの海にビジュアル(画像と映像)が溢れだしている時代に輝き出す美術館の強み、というか、新たな?もしくは改めての存在感、、、うまくいえないけれど、そういうのがあるのではないかと思う。
つまり、”inspiration snacking” の中での存在感、強さ。
“inspiration snacking” な人たちに対し、ビジュアルでもって印象を残す力を持つ美術館というところ。
そういう力が美術館にはある、そう感じたから Dave はメトロポリタン美術館で是非撮りたい、と思ったのではないか。
そして、インスタグラマーは美術館自体の空気を切り取るように撮った。
その写真は、たしかに魅力的だった。
なんか、言い方が大げさになっちゃったけど、私はたぶん、デジタルとネット時代に私達の日常感覚は変わっていっていること、そんななかで美術館というものの役割というか、意味というか、捉えられ方というか。そういうのも変わっていってあたりまえで、そういうところに興味をそそられるのかもなー。と。
画像の洪水時代の美術館自体の強さなんて、わかってる人は大勢いたのだろうけれど、それを、とても印象的な形でプレゼンし、多くの人に気づかせ、焼き付けてくれたのが empty シリーズであり、Dave 氏なのだと、今ここまで書いてみてようやく(笑)思う。だから、この企画は「あたった」のだ。
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おや? なんか一応まとめられたかな、どうだろう。(笑)
自分でもわからない中書き始めたのでうまく書けたか不安なのだけど、とにかく「デジタルの海にビジュアル(画像と映像)が溢れだしている時代の美術館(と作品)」、こんな感じのことを今後もまたいくつか書いてみるつもりです。
※1:現在は BBDO の「ソーシャル・エディター」
※2:Leslie Kaufman. (06.17.2014). Sharing Cultural Jewels via Instagram. The New York Times.
※3:ちなみに現在メトロポリタン美術館は年数日を除き毎日開館している
※4:今までに参加したインスタグラマーはプロジェクト・ページの下の方に出ている。
※5:それでもニューヨーク近代美術館(MoMA)は 50 万フォロワーいたりするから、MoMAすごい。(たぶん開始時期とかポスト数が違うんだけど)
※6:Olga Khvan. (09.22.2014). Boston and New York Instagramers Capture an #EmptyMFA. Boston.
※7:Josh Raab. (08.29.2014). #LightboxFF: Experience a Night at the Museum. TIME.
※8:Richard Morgan. (12.18.2013). Art Exhibits for the Selfie Set. Wall Street Journal.
※9:Amanda Fortini. (07.22.2014). How Pinterest Became a Booming Factory for Creativity. WIRED.